ソリストライフ~すてきな50代を迎えるために

日々断捨離と○活に励んでいます

高いものが手放せない心理

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断捨離あるあるで、

高かったから捨てられない、

ということがあります。

なぜ高いと手放せないのか。

もったいない以外の理由が、

ふと思い浮かびました。

 

自分から見て高いと感じるものは

衝動買いはしないはずです。

憧れて、お金を貯めて、

気合いを入れて買いに行く。

 

でも、そういう身の丈に合わないものは

使いこなせないのです。

持ってるだけになってしまう。

そもそも、なぜ憧れるのか。

それは「こうなりたい自分」が投影されているから。

すぐには変わらないけど、

物を買うことで「これが似合う自分になる」

という決意表明をしているのです。

 

ただ、残念ながら現実は厳しい。

買って満足する場合もあるし、

いくら努力しても届かないこともある。

高い物を捨てることは、理想の自分を

諦めることになります。

逆に持っている限り、いつか実現するかも

という可能性を秘めていることになる。

断捨離の鉄則で、

いつかは来ないのですが(笑)。

 

理想の自分、こうなるはずだった自分を

捨てきれないから、高いものが捨てられない。

捨てられないのはモノではなく

理想、憧れ。

 

必死にもがいている時は手放せません。

それが自分を支えているから。

でも、ある程度時間がたち、

完全に夢が潰えて

「そんなこともあったなあ」と

遠い目で語れるようになると、

高かったものはただの残骸になります。

憧れの自分と共に、ポイっとできる。

 

高いものが手放せるようになるには、

今の自分に満足できることが重要なのかと。

それは素敵な今でなくてもいいのです。

こんなもんかな、と納得できる。

その程度で十分。

 

若い時から割り切れるに越したことはないですが、

時間という特効薬があります。

更年期って素晴らしい(笑)。

あっちもこっちも不調だらけで

自分の思うように動ければそれで御の字。

明日はどうなるかわからない。

今日一日一日を生き切る。

そうなってから、過去の執着から離れ

色々なことに感謝できるようになりました。

 

こんなことを思いついたのは、

朝食器を棚にしまっている時でした。

子供のころから高級食器が大好きで

母とよくデパートの食器売り場を歩いていた私。

結婚前から高級食器を集め、

こういう食器で食事をする素敵な家庭を

作ると決めていました。

憧れではなく、当然のこととして。

 

でも障害児二人を育てることとなり

いくら高級な食器や家具をそろえても

理想の家庭には程遠いことを悟ります。

モノに合わせた自分になるのではなく、

自分に合わせたモノを使おう。

そう思ったら使っていない高級食器を

どんどん処分できました。

後悔もスッキリ感もありません。

はじめからなかったもの、そんな感じ。

今は身の丈に合った北欧ブランドの食器が

中心です。

要は普段使いの、庶民の食器。

 

でも、今はこれですら高級と呼ぶらしい。

30年前はアラビアとかイッタラなんて

食器マニアの間では見向きもされなかった。

それが憧れのブランドになってるんですから。

時代は変わるんですね。

私も少しづつ変わっていこう。